地域共創とは

地域共創とは

都会と田舎の共なる未来に向けて

都会が田舎の経済を支えてやっている、いやいや、そもそもその稼いでいる人は、東京以外のどこかで生まれ育った人がほとんどで、都市はそんな周辺からの流入人口なしには成り立ちはしないではないか、 そんなことを思うと、この二つの問題は本当は一つの問題だと思うのです。

都会には都会の便利なところと悩ましさがあり、田舎には田舎の便利なところと悩ましさがあります。田舎で起こる過疎化や一次産業の後継者不足、都会で起こるワーキングプアや待機児童問題。 これらはそれぞれ別の場所で起こる、別個の問題ではなく繋がりを持ったコインの表裏だと考えた時、都会と田舎の両方を行き来し、二つの問題を1つの複合的な解決策によってどちらにも嬉しい未来を創る、そんなことが出来る人が増えないものかと考えるようになりました。

子どもの貧困問題が、親の労働環境問題とセットで考えないと根本解決には至らないように、日本全体にとって、多様な機会のある社会をつくり、自然と共に暮らすこと、価値を出しながら働くこと、未来に向けて誇れる時間を過ごすことのバランスの中で、一人一人が好きな自分の望むバランスで、それらの時間を過ごせることを考えた時、都会と田舎のそれぞれが別々の未来に向かってお互いのことを否定し合うのではなく、共なる未来に向けて、一緒に動く仲間として、それぞれの得意な役割を担うチームとして動けるようになっていく。

そんな「都会」と「田舎」の関係を「地域共創」が出来ている状態と定義してみました。 この言葉が21世紀の日本が目指す一つの手がかりとなることを祈って。

地域共創カレッジのめざすところ

地域共創カレッジのめざすところ

新しい共創モデルを創れる人材が育まれる場

都会と田舎といった異なる価値観や文化を持った地域が共創している状態を創りたいと思った時、「みんな違ってみんないい」と言うのは簡単ですが、 実際にはその「違ったみんな」で一緒の未来を目指すということは本当に難しいことだと思います。 そもそも私たちは、ゼロから何かを生み出していくという経験を既存の教育体系の中ではほとんどしてきておらず、日々の消費行動の中では、サービスを「する側」と「お金を払ってされる側」という「する」「される」の関係に慣れきっています。

働くという現場では、雇用「する側」と「される側」があり、ルールを決める人と、それに適合出来るよう努力する人間とがある程度の分離をしています。 それはある意味で、責任者が明確であり、最初の企画者は「この指とまれ」と言ったリスクを背負った分だけうまく行った時のリターンがあり、サービスの提供者は、自分のサービスをお金で買ってくれる消費者を喜ばすことで日々の生活をつくっています。

しかしながら、誰も責任を負いきれないものたとえば「ひとつの町の行く末」だったり、「少子高齢化していく日本の未来」だったりに対してそのリスクとリターンが測りようのないものだった時、私たちはどんな風に関係者を巻き込み、どう他者とチームを創って未来に向けて一緒にどう歩んでいけばいいのでしょうか? こういった「する」「される」という関係を超えて、一緒に異なる価値観を持った人間と同じ方向に向かってチームを創っていくことは、すぐにうまくなるものではないと感じたとき、その成功率を少しでもよくしていくための 学び場が必要だと感じました。 それもただ「学ぶために学ぶ」のではなく、「創りたい未来に向けて必要だから学ぶ」場所が。

地域共創カレッジは、人口増加社会から人口減少していくという「いまだ世界が経験したことのない必ず起こる未来」が目の前に迫るこのときに、異なるセクターを超えた仲間を創り、混沌としている未来の中に、新しい共創モデルを創れる人材が育まれる場として機能することを目指します。

この場で「都会」と「田舎」の両方の視点から未来のことを考えるための「未来思考」と、その未来に向けて自分自身がどう生きていたいのかを一人一人が自分の心からの言葉で他者とコミュニケーションできるようになるための 「自己一致した心」と、目指したい未来に向けて小さく一歩一歩を積み重ねていける「やれることが確かに広がっていく実行性」といった3つの要素を育むことで、この激動の時代に他者と共に新しい小さな未来に向けたプロジェクトを生み出してそれを少しずつ広げて、ゆくゆくは都会と田舎の共創モデルなるプロジェクトへと育んでいける人が巣立っていくための学び場として機能させたいと思います。

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